園長室から

心で感じる教育を

今、非認知的能力が学校でも幼児教育の場でも注目されています。

近年改訂された学校の学習指導要領にもその内容が組み込まれ、学習指導要領に合わせて幼稚園教育要領も改定されました。

数が分かる、字が書けるなどIQで測れる力を 『認知的能力』 と呼ぶ一方で、IQなどでは測れない内面の力を 『非認知的能力』 と呼んでいます。

では、そもそも 『非認知的能力』 とは何か?

分かりやすく言えば、例えば目標に向かって頑張る力や他の人とうまく関わる力、感情をコントロールする力などをさしています。

私たち親をはじめとする大人は、字が読める、文字が書ける、数を数えられるといった目に見えて知的に賢くなったと感じる認知的な能力に目が行きがちであり、その部分を重視しがちです。しかし、幼児期にこのような認知的能力を高めることがその後の人生の成功や安定につながっているのか調べたり追跡していったりした結果、あまり関係がないことが分かってきたと、東京大学名誉教授で教育人間学や育児学を専門とする汐見稔幸先生がおっしゃっています。大事なことは、上手くいかない時に諦めず、「どうしてかな」「こうやってみよう」「これがだめなら、ああやってみよう」などとあくまで目標達成まで頑張る姿勢を身につけること、そして我慢できることや感情をコントロールすることだと言います。

そしてそのような力は一生残り、大人になって社会で成功する力につながるともお話されています。

この非認知的能力は、子ども達の自発的な部分を大事にしていくことで育つと言われています。例えば大人からさせられてやるのではなく、自らやっていく中で育つということです。特に幼児期の場合はあそびが大事で、子ども達はあそび込む中で、ヤル気、意欲、粘り強さ、探究していく力が身についていくと教育学者で玉川大学教授の大豆生田啓友先生もおっしゃっています。

『やらされてやるのではなく、自らが』 というのは、めるへんでも昔から目指していた姿であり大事な部分と理解しています。それはあそびの面だけでなく基本的生活習慣にしても同じように解釈しています。

例えば挨拶。

挨拶にもいろいろな挨拶がありますが、単純に挨拶はしなければならないもの、とルールのように決めてしまって朝だから「おはようございます」を言わなければならないと大人が強制的に言わせても、それはただやらされているだけになってしまう可能性があります。よく、「なぜ挨拶をすると思う?」という問いを子ども達にすると、「だってお母さん(先生)がやれって言ったから」とか「なぜ○○をやってはいけないと思う?」と聞くと「お母さんや先生がダメっていったから」という答えが返ってくる時があります。これは本当に自分の意志や考えでやった方がいいこととやってはいけないことを理解していることになりません。言われたからやっている。。。ではなく、なぜそれが必要かなど、自分の心でしっかり感じとり理解しなければ本当の意味で理解したことにはならないように思います。

朝の挨拶ならばまずは大人から明るく「おはよう!」を届け、挨拶された側も気持ちがいいことを実際子どもが自ら体感したり、逆に自分が元気に挨拶すれば今日も一日頑張るぞー!のやる気パワーが出てくることを実感したりできれば、挨拶をしなさいなんて言われなくても、自然に、そして自発的にできるようになってくるのではないかと思います。習慣にすることも大事ですから毎日日課に出来るといいですね。そしてそうなるためには子どもだけに大人が一方的に伝えるより、大人同士もそんな姿勢が自然とできたならば、きっとそれは子どもの目に映るはずだと思います。

 

できるようになった 『形』 や 『目に見えるもの』 だけにとらわれ評価をしてしまわず、目標に向かうまでの過程に寄り添ったり認めたりしていくことを大切にしていきたいですね。

そうは言っても、私も娘には、どうしてもテストの点数や成績表など明らかに目に見える数字で、時に小言を言ったり喝を入れたりしており、これはまさに認知的能力を中心にしか見ておらず、本人がどれだけそこに向けて頑張ったか、どんな姿勢で目標に向かっていたかという部分を評価していない悪い例だと思います…。よくよく話を聞けば、前回こうだったから、今回はこんなふうに勉強内容を変えてみたなどと返答が返ってきて、本人なりに工夫したり努力したりしているのに、その過程の部分をよく理解せずに結果だけを見て判断してしまうということがあります。

スポーツでも試合に負けた選手が「結果が全て」という言葉を使っているのを耳にします。確かにやっている本人からしたらどんなに練習しても負けてしまったら終わりという意味では結果が全てという言葉はその通りなのだろうと思います。しかしそこに向かうまでの道のりを周りは察していると思いますし、その過程は決して無意味ではないと思います。フィギュアスケートの羽生選手などがいい例ではないでしょうか。

私も頭ではそのようなことを理解しているので、普段から言葉は大変乱暴ですが、娘には「ママは『努力しない天才』より『努力するバカ』の方がいい」と言っているのに、いざ目の前の成績表を見るとついつい点数に惑わされてしまい、娘の頑張りはどこかへ飛んで行ってしまう、まだまだ未熟母ちゃんです(汗)…。もう高校も終わってしまうというのに、いまだこんな未熟母ちゃん…。こんなんでいいのでしょうか?

まあ、しょうがないか。これが今の自分…。こうして親も失敗と反省を繰り返しながら子どもと一緒に育っていくしかないのかもしれませんね。

 

 

園長    伊勢 千春

 

 

 


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