園長先生のつぶやき

心に思うこと、その時感じたことをそのまま綴る、園長の徒然日記です。

2026年01月30日

劇あそび旬間が本日最終日を迎えました。劇あそびは単純に「面白い!」・・・そんな場面が垣間見れるエピソードがいくつもあります。

年少でお風呂ごっこを楽しんでいるクラスがあり、お風呂に入っていなそうな臭い人を探しに行こう!となった模様…すでにこの時点で嫌な予感がします。廊下で出会ったN先生は「いい匂い♡」とセーフ!しかし、職員室に来て私の体を嗅ぎ出した子ども達は「いい匂い♡」と言ってくれる子もいたものの、一人の子が「なんか…ちょっと臭いかも」と小さな声で言い出すと「ほんとだ、なんか臭い」「臭いにおいがする」と次々に続き、鼻をつまんで手で仰ぐ子まで出る始末(笑)。臭い人を探して自分たちでクラスに作ったお風呂に入れて紙で作った石鹸やスズランテープで作ったシャワーでゴシゴシしたいわけなので、臭い人がいなければ遊びも発展しないわけです。そこで私も「ぷぅ~!あ…オ〇ラが出ちゃった」その後も「ぷっぷっぷっ。どうしよう、オ〇ラがとまらないよ~」というと、子ども達の目はキラキラ。「やっぱり臭いからお風呂に入らなきゃだめです」とか「おふろで体を洗ってあげる!」とクラスまで連れていってくれました。そして翌日には「オ〇ラの止まる薬を見つけたからもってきたよ!」とワイワイガヤガヤ園長室まで持ってきてくれました。名誉のために付け加えるならば、もし、「園長先生の体が臭かった」とか「オ〇ラがいっぱい出てた」とか「オ〇ラが止まる薬を飲んでいた」という報告をお子さんからうけたならば、こういう裏事情があり劇ごっこの世界を楽しんでいた延長線上なので、決して本気にしないで下さいね(笑)。

このほかにも様々な先生や職員が園内のいたるところで子ども達からの突然の投げかけにアドリブ対応をして、劇あそびはより面白く深みを増していきました。まさに職員総出。クラス担任から頼まれた仕掛け役になることもこの期間では日常のこと。

左はクロネコ、右はおっちょこちょいな泥棒。職員室でせっせと身なりを整えてスタンバイ。

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そして、劇あそびのステージは各教室や廊下、他クラスや園庭にとどまらず、隣接する風の子公園にまでおよびます。

毎年、「風の子にオオカミがいるかも!」とか「風の子の方からガサガサって音がした!」、風の子を指さして「なんか今、鬼の角が見えた!」など空想の世界を楽しんでいる中で、風の子公園の存在は劇ごっこの世界では切っても切れない絶好のステージになります。劇あそびのこの時期、毎年こうして足を運んでいますが、今年は全国的にクマ問題があるため、先生たちからも子ども達からこのような発想が出た場合、連れて行ってよいかと質問を受けていました。冬になり寒いとはいえ、まだ心配もありますが、場所の制限はある程度設け、子ども達が行くことになりそうだという報告を受けた際には、子ども達より先に現地に行き、下見をしながら念のため爆竹を数か所で鳴らしてくるというのが私のここ最近の日課になっておりました。

 

その際見つけたもの。

下の左の写真は先週の金曜日にはまだ小さく硬そうな梅のつぼみ。右はその三日後には咲き始めていた梅の花。日中でも気温がプラスになるかどうかのこんなに低い気温でも、梅の蕾の硬さが視覚的にも緩んでいるものもあればもう開いているものも。体感的にはとても空気が冷たく、まだまだ春の気配なんて…と思いますが、こうして着実に春は近づいているのですね。

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そして

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ハクビシンでしょうか、タヌキでしょうか。6~7㎝程度の動物の足跡も発見!みんなみんなこの寒い外の世界で頑張っているのですね。

こんな本物の動物の足跡を見つけた子ども達はどんな反応をするのかな…そう考えただけでこちらまでワクワクしてくる、そんな劇あそび旬間でした。

空想の世界を楽しみながら、想像を膨らませたり創造力を働かせたり、言葉の表現や身体表現、幼児期に身に着けたい様々な力がさらに深まる、そんな二週間になってくれていたら、きっと身を粉にして全力で保育に向き合った先生たちも、きっと本望でしょう。

 

 

園長   伊勢 千春

 

 

 

 

2026年01月23日

めるへん恒例の劇あそび旬間が始まり、年に一度の、先生たちが最も頭と体が疲れる二週間が始まりました(笑)。

「劇あそび」とはあまりなじみのない言葉だと思いますが、皆さんがよくご存じの「劇」とは全く異なるものです。

簡単に言えば、「劇」はストーリーが決まっていて、セリフや配役も決まっており、ステージで観客に見せるためのもの。だから、練習も必要になってきます。しかし「劇あそび」はストーリーも決まっていなければ、セリフや配役も決まっていません。子ども達と先生が一緒に作り上げていく「あそび」のため、誰に見せるわけでもなく、「練習」という概念は全くありません。

子ども達が大好きな絵本やお話がある程度モチーフになったり土台になったりする場合もあれば、クラスで盛り上がっているごっこあそび(お店やさんごっこやレストランごっこ、病院ごっこ等)が土台となってあそびが発展していく場合もあります。

いずれにせよ「劇あそび」という名の通り、「劇」の要素は入るため、ストーリーのようにその時の子ども達の発想や発言、アイディアで様々な方向に展開したり発展したりしていくのが「劇あそび」です。

劇あそびの最大の魅力は、このあそびの中には子ども達にとって「学びの要素」がとにかく盛りだくさんちりばめられているということです。

例えば、決まっていることを決められた通り表現するわけではないため、自由に「身体表現」をすることができたり、子ども達が自由にイメージを膨らませ、思いついたアイディアを伝えたりあそびに必要と思われる小道具などを好きなように工夫して作ったりすることができるので、「想像力」や「創造力」が育ちます。ですから、身体表現や言葉で伝える力、想像する力や創造する力、自ら考える力に友達とのコミュニケーション等々。挙げたらきりがないほどたくさんの育ちが劇あそびにはあるのです。

子ども達のその時の思い付きの発言や想像に、私たち教師がついていかなければならないので、子ども達もやらされている感覚や遊ばされている感覚はきっとないはずです。しかし、想像の世界をなかなか楽しむまでに時間のかかる子ももちろんいます。無理をせず、ひとりひとりのペースに合わせて頃合いを見ながら声をかけ、その子なりのかかわり方ができるよう教師も模索しています。最初は遊びには入らず、静観してみている子でも、皆が楽しそうにああだこうだ意見を出したりなりきったりしている姿を見ているうちに、「このほうがいいんじゃない?」とか「おなかすいてるなら僕がお団子作るよ」と粘土を持ち出してきて、いつのまにか自然と遊びの中に入っていて、気づけば、レストランの店員さんやお団子屋さんなどになっているのです。

そんな自然な流れの中で、子ども達がお話を作り上げていくのです。子ども達にとっては遊びを作っているとか進めているという概念はないと思います。しかしそんな学びをいつのまにかしているのです。私はそんな劇あそびが幼児期にとって、まさに理想の学びだと思っています。

ただし、大変なのは先生たち(笑)。いつどこでどんな発想が子ども達から出るかわからないし、今どんな風にお話が進んでいるのかを皆が共有しないと楽しめない子が出てきてしまうので、整理をし、みんなで「今日はこんなだったね」と共有する時間も必要です。しかしそんな時間もまた、人の話を聞く・見る・考える・想像する・そして次の日への意欲などにおいて学びの時間となるわけです。

もしかすると子ども達が帰宅してから今日あった遊びの出来事をお話しすることがあるかもしれません。そしてその話を聞いても、何がどうなっているのかさっぱりわからない…ということが多々あると思います(笑)。しかし子ども達のお話に耳を傾けてくださるだけで結構ですから、どうぞ聞いてあげてください。担任が発行するお便りでつながるところがいくつか出てきたらラッキーです(笑)。

かわいい衣装を身に着け、ステージ上でセリフを言う姿はお見せできませんが、劇あそびを通して子どもひとりひとりが様々な面において心が育っていることだけは、間違いなく自信をもって言えます。幼児期の子ども達の様々な心の育ちを考えた活動の一つである「劇あそび」。来週もどんな育ちがあるか、私も子ども達とかかわりながら体感していきたいと思います。

 

 

園長    伊勢 千春

2025年12月01日

前回、脳についての記事を書きましたが、小会議の際、その記事から脳の働きが話題に上がりました。その時、「もう私はいまさら遅いけど…」と話していた先生がいましたが、ふとその言葉を聞いて、思い出したことがありました。

それは、以前読んだ記事に【脳は何歳になっても成長する】という内容のものがあり、衝撃を受けたことがありました。そのことを思い出し、いろいろあきらめるにはまだ早いかも!という話を小会議の時にしたのです。どんな内容だったか、うろ覚えの部分があったため、スクラップしていた記事をあさってみたら、ありましたありました。

その記事によれば、脳は90歳でも神経細胞が新生されることが表記されていました。私はてっきり、年齢がある一定のところまで来たらあとは体の老化とともに脳だって下り坂に向かう一方だろうとしか思っていませんでした。ところが、2019年のスペインの研究では、上記に挙げたように90歳でも脳の神経細胞が新生されたり、ハーバード大の研究では40歳以降にピークを迎える能力があることが分かってきたりと、驚くことがたくさんありました。「脳」と一言で言っても脳が持つ様々な能力はどうやらそのピークが年齢によって異なるようです。ハーバード大の研究によれば、情報処理、名前や顔を覚えるといった短期記憶は若い頃がピークだそうですが、相手の気持ちを読む力は48歳、語彙力のピークはなんと67歳!その中でも言語力はもっとも遺伝に依存せず、後天的な環境で伸びる能力であるとありました。

ちなみに、諸説あるだろうと思いますが、私の見た記事によれば、脳の機能のピーク年齢は

18歳・・・情報処理能力

22歳・・・人の名前を覚える力

32歳・・・顔を覚える力

43歳・・・集中力

48歳・・・相手の気持ちを読む力

67歳・・・語彙力

と書かれてありました。しかしその年齢以上になっても脳はまだまだ成長し続けるそうです。

これを見て私はもうびっくり。自分はもう体も脳もどんどん衰えていく一方だと勝手に思い込み勝手に決めつけているところがあっただけに、信じられない気持ちと「おおー!私もまだまだいけるのね✨」と心躍る気持ちとが入り混じりました。

以前、旦那さんが「人の気持ちを全然汲み取ってくれない」と嘆いていたX先生。しかし話をよく聞くと、結婚した当初と比べると、子どもが生まれてからここ最近はだいぶこちらの想いを組んでいるかのような動きや行動をとってくれている…とのことでした。その当時のX先生の旦那さんの年齢はまさに48歳!実はこんな記事を読んだことがあるという話をし、「これまではまだ相手の気持ちを読む力のピークに達していなかっただけじゃない(笑)?なんなら、今が絶頂期✨だからさ、まだ希望は捨てないで✨」と激励したことがあります(笑)。その話を聞いたX先生は、「ほんとですね。もう半ばあきらめていたけれど、以前に比べたら、本当に信じられないくらい相手の想いを汲み取る力がついていると感じます☆」とすぐに前向きに(笑)。しかし、よく考えてみると、あれ?あとは静かに下降していくだけなのだろうか…(笑)。いやいや、絶頂期は一瞬では終わらないはず。そうあってくれ…という願いと希望を持ったことを思い出しました。

この記事を再度見返しながら思ったことは、やはり子ども達のこと。

子ども達は、長ーーーーいこれからの人生、まだスタートしたばかり。人生の歩みが100歩だとしたら、子ども達はまだ歩き出して3歩~6歩程度!歩数に置き換えてみるとなんて少ないんだろうと思ってしまいました。

そう考えたら、できて当たり前…ではないし、まだまだ人生の勉強が始まったばかりだから、逆にできなくて当たり前なんだろうなと。集中力も、相手の気持ちを読む力も、語彙力だってピークを迎えるのは相当先の話。大人である私たちだってまだピークを迎えていない能力がある中で、子ども達に多くを求めても難しいはずです。

しかし、今、子ども達は、集団でしか学べないこと、心や体で体得すること、嬉しい悲しいなどの感情の豊かさなど、様々なことを心や体、そして脳でも学んでいます。様々な脳の働きがピークを迎えるのはまだまだ先のことになりますが、伸びしろしかない子ども達のその土台となる部分の積み上げはもうすでに始まっているのです。

私たち大人だって、脳も心の成熟度もまだまだ深みを増しながら進化中。だからこそ失敗もするし足りないところだって多々あるし完璧なんかじゃないんですね。だから許容したり補ったりしながら過ごしていけるといいのだろうなと改めて思いました。

私たちの脳は年をとってもいくつになってもまだまだ進化中。

まだまだ頑張れ、私たち。

まだまだやれる、大人たち。

 

園長    伊勢 千春

 

2025年11月11日

朝晩はだいぶ気温も下がってきて、街路樹の木々の葉も綺麗な黄色やオレンジ、赤に色づいています。しかし最近は冷たい風の強い日が多く、葉が一気に舞い上がり、短い秋が過ぎ去ろうとしています。

秋といえば運動の秋、食欲の秋、そして読書の秋。

そんなわけで、先日、幼稚園向けの冊子を読んでいると、メンタルコーチをしている方の記事を目にし、その中で興味深い記事がありました。それは、『人の脳は問いかけた通りに答えを出してくる性質がある』というものでした。

例えば、野球の試合で何度もバントのミスをしてしまったときに、「何でうまくできなかったのか」と問いかけると、脳は問いかけ通りに答えを出そうとするため、「できない理由」を返してくるのだそうです。「バットのヘッドが下がっているから」「しっかりバットを握っていないから」「怖がっているから」等できない理由ばかりを並べてくるとのこと。

しかしこれを、「どうすればうまくバントができるか」という問いかけにしてみると、脳は「成功するための方法」を返してくるそうです。「バットのヘッドを上げるとよい」「勇気をもって一歩足を踏み出す」等…。これらの答えが正しいかどうかは別にして、このように成功する方法を考えようと脳が働くのだそうです。この問いかけは仕事においてもとても有効なようで、「プレゼンを成功させるためにはどうすればよいか」と問いかけると、成功する前提で脳が考え始めるのだそうです。そのように、自分を信頼できる、つまり自信をつけるには「できない」ところではなく、「できる」ところにスポットライトを当てていくことが大事だということでした。

たまたま時を同じくして、一般企業の販売に携わる室長さんの記事を目にしました。その方の若い頃は店舗勤務だったそうですが、店舗時代には「できない理由」ではなく「これならできます」をお客様に提案する「ノーと言わない接客」を大切にしていたとのことでした。ちょうど先日ある業者さんとご縁があって話をする機会がありましたが、その会社の社長さんも「自分の会社が携わるならば、どうすれば相手のお困りごとが解決できるかを第一に考えて、「できない」と言わずにできる方法を模索するようにしている」と話されていました。できそうで、なかなか難しいことだなーと思いながら、では自分ならば…と置き換えて自己を顧みていたとこでした。

そのような考え方で脳に問いかければ、本当にできるかどうかは別として、きっとできるための方法や手段が自然と導き出されるのだろうと納得しました。

 

過去に読んだ子育て教本にも似たようなことが書いてありました。

子どもに言葉をかける際、「牛乳を飲まないと大きくなれないよ」よりも「牛乳を飲むとパパみたいに大きくなれるよ」とか「緑の野菜を食べないと体が強くなれないよ」よりも「緑の野菜を食べると元気パワーがモリモリ出てくるよ」、「早く寝ないと朝起きられないよ」よりも「早く寝ると朝気持ちよく起きられるよ」という言い方にしたほうが子どもに与える影響が大きく変わってくるという内容でした。これは血液型ではないから、問いかける大人側の心がけ次第でA型の物言いだった人がB型の物の伝え方にかえることができるというものでした。

子どもにかかわる私たち大人は、特に子どもたちへの声掛けには注意していかないといけませんね。

「なんで○○はいつもこうなの⁈」と子どもに問いかけたら、子どもの脳はなぜできないのだろう…ぼくがこうだからかな、ここがだめだからかな…ときっとダメな理由を探してしまうでしょう。それを繰り返していたら、自己肯定感なんて存在しなくなるかもしれません。

子育てにおいても仕事においても、すべては心がけ次第。難しいことですが、意識して生活したいと思った秋の夜長です。

 

 

園長   伊勢 千春

 

2025年10月09日

昨日、運動会を終えました。

しかし子ども達は今日も朝登園してくると、裸足で職員室の窓に顔を出し、元気いっぱい「バトン貸してください!」と駆け寄ってきました。運動会の翌日の異年齢交流「めるへんたいむ」でも、バルーンや玉入れ、リレーや組体操のコーナーを先生達が取り入れおり、他学年の子ども達も経験できるようなコーナー設定をしてくれました。そこに群がる他学年の子ども達。こうして興味の目が広がっていったり新たな運動遊びを楽しんだりしていけるのですね。そしてバルーンや組体操のコーナーには、コツを教えてくれようと集まる年長さんもいました。こんなふうにあそびは上の子から下の子へ伝承されていくのです。

運動会のための「練習」だけではなく、運動会が終わった今でもこうして先生や子ども達みんなが運動会ごっこを楽しみ、身体を動かすことを楽しむ姿が本当の意味での教育だと思っています。

きっと体を動かすことが好きな子もいればそれほどでもない子もいるし、絵を描くことが好きな子もいればそうでもない子もいはずです。個々の個性によって好きなこと得意なことが様々だろうと思います。その子自身が何が好きで何が苦手かを知ることは親としても私たち教師としても必要なことだろうと思います。しかし、子どもたちの年齢がまだ低いので、得意不得意だけの問題ではなく、ただ『経験不足』ということも十分考えられます。年長さんだってまだこの世に誕生してから5、6年しかたっていないわけで、たったこの間に得意不得意を決めてしまうのはもったいない事なのだろうと思います。年齢的にはまだチャレンジしていないことや経験していないことの方がはるかに多いわけですから。

ちょうど今、ノーベル賞の話題が新聞やニュースなどで賑わっています。

今回ノーベル化学賞を受賞した北川進さんは子ども達に「いろんな経験をするのを大切に」とメッセージを伝えています。育っていく過程でいろんな経験をするのを大切にしたら、将来花開く可能性があると語っておられました。

だから、運動は苦手…とか絵を描くことは嫌い…などと思わずに、様々な経験をしてほしいなと思っています。そして子どもを取り巻く私達大人がまだ可能性をたくさん秘めている子ども達のことを「うちの子はこうだから」とか「○○ちゃんは○○が苦手だから」と決めつけてしまわずに、様々な経験の場を設けていったり、「これはちょっとやりたくないかも」「自分は苦手かも」と思う後ろ向きな気持ちを前向きに変えていったりできる存在でいられたらと思っています。

以前、高校の数学の先生をしていた保護者に「私は数学はずっと好きになれなかった。数学の面白さが分からなかった。」と話したら、「いい先生に巡り合えなかったのですね」と言われました。私は単純に「自分は数学が苦手」としか思っていなかったので、驚きました。もし私がそんな先生に巡り合っていたら理数系女子になっていた?!と考えるとちょっと信じられない気持ちです(笑)。今思えば、自分は数学は苦手だという先入観もあってか数学の勉強をしようとすると、入り口から身構えたりおっくうに感じたりしており、自分と数学との距離をあけていたように思います。きっと自分自身でより苦手意識を作り上げてしまっていたのかもしれません。大人になるにつれそのような苦手意識は自分自身に確立されていくのでしょうが、今この幼児期にそれを決めてしまうのはまだまだ早すぎると思います。だからこそ、『幼児期の子ども達には様々な経験を』と心から願います。その中で、将来子ども達ひとりひとりがどんな花が開くのかを見極めていけたらいいですね。そのためのお手伝いができるのが幼児期の教育に携わっている幼稚園の役目だと思います。身体をたくさん動かし、歌を歌い、絵本をたくさん読んだり虫や草花の自然に触れたり、絵を描いたり言葉を伝えあったりしながら自己表現したり。時に家庭では味わえないような体験ができるのも幼稚園の醍醐味だと思っています。そしてその数学の先生が言っておられたように、その楽しさを感じさせてあげられるのは、私達先生の役割だと思っています。

可能性を秘めた子ども達だからこそ、その機会や経験の場をたくさん作り、「やってみたら案外楽しかった」とか「今まで好きじゃなかったけどまた挑戦してみたい」「これってすごく面白い!」など、もっとやってみたいとかもっと知りたいという、ちょっとした心の変化が将来の「可能性」を見つけることにつながるかもしれません。そう考えると私達の担っている役割はとても重要だなとあらためて感じています。

ただ日々を流す教育の現場ではなく、そんな意識を持ってひとりひとりが子どもに向き合える現場でありたいなと思っています。どんな形で可能性が開花するかは親であっても誰にもわからないこと。その土台作りに携わる者の一人として、意識と情熱と想いを持った仕事をしていきたいと思っています。

 

 

園長   伊勢 千春

 

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