2026年06月29日
先日、とある療育機関のK先生とお話しする機会がありました。
その中で、近年、子ども達の中で友達や人との距離感がなかなかつかめなかったり、人とのコミュニケーションがうまくとれなかったりするお子さんが増えてきているという話がでました。幼稚園でも、そういう場面に遭遇することは少なからずあり、そのような場面はいたって普通に想像できます。
意地悪しているわけではないのに、関わり方や引き際がうまくつかめなかったり、自分の想いは前面に出せるけれど、相手の想いをうまく読み取れなかったり。大人だってなかなか難しい…それが人とのコミュニケーションですよね。園生活全般において、子ども達は日々、コミュニケーションを学んでいますが、その中でも、子ども達がうまく場の空気を感じ取ったり人との距離感を習得したりしながら友達や人と関わっていくのに最適なあそび、それが『わらべうた』などの『伝承遊び』だそうです。
わらべ歌は少人数から大人数まで楽しめるあそびですが、一人では楽しめない遊びがほとんどです。例えば、二人でなら『アルプス一万尺』『お寺のおしょうさん』『一本橋こちょこちょ』『おちゃらかほい』など。そしてある程度の人数で楽しめるあそびが『はないちもんめ』や『ずいずいずっころばし』『なべなべそこぬけ』などが皆さんもご存じのわらべ歌ではないかと思います。
例えば、アルプス一万尺で相手の手と自分の手をタッチする時などには、勢いや距離の取り方を遊びの中から自然と習得することができるとのこと。ずいずいずっころばしも、両手で穴を作り、穴の中に順々に指を入れていく遊びですが、距離をうまくつかめないと穴に指が入らないという現象が起こります。昔はこのような遊びをたくさん行っていたため、リズムに乗って遊ぶことができていましたが、最近のあそびの傾向を見ると、うまく穴に指が入らないなど距離や感覚をつかむ力が鈍くなっているように感じます。
しかし、作業療法士さんの話によれば、このようにわらべ歌あそびにたくさん親しんでいくことは、人と関わりながら「これくらいの距離感」という塩梅を習得できるため、子ども達にとっては遊びの中から様々なことを自然に習得でき、絶好の学びにつながるそうです。また、わらべ歌は、指先の動きも養われ、一定のリズムに乗りながら楽しむ遊びでもあるため、様々な感覚が養われることでしょう。わらべ歌にはそんなたくさんの効果があるようです。
今、ご家庭でお子さんとわらべうたに触れている方はいらっしゃるでしょうか。
時間を取ろうと思わなくても、お風呂の湯船に入っているほんの少しの時間に…また、外での食事の際、お料理が運ばれてくるまでのちょっとした待ち時間に…など、案外そんなちょっとした時間にできるのも魅力のひとつです。
そういえば、ふと思い出したことがありました。
私の娘が小さかった頃は、スマートフォンでのYouTubeやSNSなども今のように広く普及していなかったため、子育てでスマホを使用したり見せたりしたという記憶が全くありません。それは私だけでなく時代がそうだったのだろうと思います。そんな時代に育った娘が赤ちゃんだった頃は『一本橋こちょこちょ』をすると大喜びで、その喜んでいる顔を見ていると、とても幸せな気持ちになったのを思い出しました。その遊びをするときは、私自身もきまって少しオーバーに…そして表情豊かにすごく楽しそうにはじめるので、娘も遊びが始まる前から楽しいことが始まる予感を感じてなのか、笑みがこぼれていたものでした。そして何度も何度も「もう一回!」と言わんばかりに指を立てて、せがんできたものでした。今回のK先生との話は、そんな懐かしく幸せな時代を思い出させてくれた時間にもなりました。
わらべ歌を楽しむ機会は現代の子育てにおいて減ってきているかもしれませんが、わらべ歌にはそんな子ども達のこれから生きていく上で必要になってくるコミュニケーションを学ぶための絶好のあそびであることを再認識しました。『はないちもんめ』や『だるまさんが転んだ』、『あぶくたった』など、大人数で楽しめるあそびは園生活の中でもたくさん取り入れ、楽しんでいますが、これからも引き続きその重要性を再度胸に留め、子ども達の生活の中で大切にしていきたいと思います。
今回、K先生を通して、作業療法士さんのそのような話を聞く機会もあり、『伝承遊び』の『伝承』とは、やはりそれなりの意味があるから、いつまでも語り継がれあそび継がれているのだと思いました。
ぜひ、ご家庭でもちょっとした、ほんのちょっとした時間にお子さんと一緒に楽しんでみるのはいかがでしょうか。
園長 伊勢 千春
2026年06月09日
先日、今年度初めての未就園児対象の親子ワクワクタイムを開催しました。
当日は平日にも関わらず、ベビちゃんから動きが活発な2歳さんまで総勢30組の親子が遊びに来てくれました。
最初に親子でのふれあいあそびを体育専任教師のもと行いました。
お母さんやお父さんのお膝の上でこちょこちょされたりなでなでされたり、なんだかみんなとても楽しそう。「キャッキャッ」と子ども達から歓声に近い笑い声が聞こえたり、お母さんやお父さんの我が子と触れ合っている時の笑顔の表情をみることができたり。そんな親子の幸せそうな表情を見て、私まであたたかく幸せな気持ちになりました。
しかしきっとそんな笑顔の裏には、子育てで悩んだり子どものイヤイヤ期に疲れ切ったりすることも多々あるだろうなーと自分の子育て期と重ね合わせて想いを寄せていました。
子育てはその時々の一瞬一瞬で親の想いも変わって当然だろうと思います。我が子はとてもかわいく愛おしい。しかし時々どうしようもなく「どうしてこうなんだろう」とか「なぜこんなふうに動いてくれないのだろう」などと悲しくなったり苛立ったりすることもあるはずです。毎日子どもと向き合っていれば当然のことでしょう。そんな日頃の悩みや疲れは誰にでもあるはず。だからこそ、子育て応援に力を入れて、遊び場の提供をしたり少しでも親子で楽しい時間を過ごしたりできる場所になれたらいいなーという思いで今年度も楽しい遊びの会を計画していきたいと考えています。
今回親子ふれあいあそびを行った体育専任教諭A先生。
小学校3年生の息子さんと今回の触れ合いあそびを家でやってみたそうです。すると、3年生の息子さんが大はしゃぎだったそう。「小3でこのあそびを楽しんでいるうちの息子は、大丈夫ですかね…(笑)。」と苦笑いしていましたが、私は息子さんのこともよく知っているので、「母ちゃんとそんな風にかかわれて嬉しかっただろうし、楽しかったんだと思うよ。小学校高学年くらいになったら、いよいよ逆に息子の方からやりたがらなくなるだろうから今はまだいいんじゃない(笑)?」と伝えました。
私も確か、娘が小学校高学年くらいの時に、久しぶりに娘から外を歩いている時に手をつないできたことがあり、その手の大きさにもの凄く驚いたことがありました。幼い頃は私の掌の中にすっぽり収まってしまうような小さな手だったのに、いつのころからか手をつなぐことが減っていき、久しぶりに娘と手をつないで、いつのまにこんなに大きくなっていたんだろう…と驚きと少しの寂しさを感じたことがありました。成長に喜びや嬉しさというよりは、何とも言えない何だか物寂しい気持ちになったのを覚えてます。
しかし、我が娘は社会人になった今でも、実家に帰ってきて、自分の住まいに帰るときには、「またくるね。家に着いたら連絡するからね」と言って、自らハグをして帰ります。時々私がいつまでも離さないと、ちょっと面倒でちょっとうっとうしそうに「はいはい、わかったよ」と苦笑いをし、私をむげにしながら帰っていきます(笑)。
スキンシップは、言葉がなくても、きっとこちらの思いが伝わる最強の愛情表現でしょう。
現在、幼稚園でも子ども達を朝出迎える時も、おはようの挨拶とともに、ハイタッチをしたりギューっとハグをしたりしていますが、今しかできないこのような愛情表現ができることをありがたく思い、いつかその手やそのぬくもりが離れていく日まで、スキンシップを通じて、「みんなのそばにいるよ」「みんなを待っていたよ」という想いを伝えていけたら…と思っています。
園長 伊勢 千春
2026年05月15日
新緑がきれいな時期になりました。
個人的に、週末のたびにどこかしらにドライブで出かけることも多いのですが、車窓から見える新緑は、この時期とても美しく、目も休まり、心も洗われるようなそんな気分になります。
小さな虫や生き物達も活動をし始め、草花もいきいきと育つ時期。
なんだか子ども達の成長と似ています。
新しい環境で今まで泣きべそ顔で登園していた子も、笑顔が増えていったり、去年まではこの時期一人遊びを好んでいた子が、お友達と一緒に戯れていたり。
先日もこんなことがありました。
昨年満三歳さんで入園してきたTちゃん。
去年まではお母さんに連れられて泣きべそをかきながら登園してきたり、先生のそばで遊んでいる姿が多かったり。日々少しずつ幼稚園に慣れてきている様子はもちろんありましたが、今年のTちゃんはちょっと違います。
職員室の窓辺から顔を出し、いままで聞いたことのないような大きな声で、「むしめがね、かしてください!」とやってきました。新しく4月から入ったお友達と一緒に。そして、むしめがねを使って、二人で前日に年少組さんで植えたばかりの朝顔の苗をまじまじと眺めている様子。
「お花まだ咲いてなかったね」「うん、まだだったね」「またあしたも見にこよう♪」「うん。またあした見てみよう♪」と二人で手をつないで駆けていきました。
たったそれだけのことでしたが、なんとも心あたたまる光景を見たなーと嬉しくなった瞬間でもありました。
去年のTちゃんとは比べ物にならないくらい明るく元気な様子。そして入園したばかりの新しいお友達も楽しそうな様子。昨日植えたばかりの朝顔がもう咲いたかと虫眼鏡を使って見にきた様子。お花が咲いていなかったけれどまた明日見にこようと約束をし、ワクワクで去っていった様子。
ひとつひとつが愛おしく感じられました。
今はまだ生き渋りをしている子も、こんなふうになる日は来るのです。
今はまだお友達とのかかわりが少ない子も、こんなふうになる日が来るのです。
『「幼稚園で何してあそんできたの?」と我が子に聞いても「わからない」と言われたり、「誰と遊んできたの?」と聞いても「わからない」「誰とも遊んでいない」という返答だったりで、集団生活は大丈夫だろうかと心配している。』と、年少の担任時代はよく保護者からこの時期こんな相談をうけていました。
しかし、この日の一コマのように、子ども達の日常の生活は「なにをしてあそんだ」とか「これ」というひとつの活動だけでは言い表すのが難しいことがたくさんあります。この日のTちゃんたちのこの時間も何をしてあそんでいたかといわれれば、見ていた私ですら返答に困ります。しかし、あの時間は二人にとっては充実した園生活を送っている一場面だったと言えます。
ですから、今はまだ友達の名前が出てこなかったり、一人で遊んでいる様子だったりしている子も、いずれ集団生活を通してこんな日は必ず来るのです。
幼稚園に入ったばかりの子が入ってすぐに友達の名前を覚え、一緒にかかわってあそぶという行動は、子ども達にとっては案外ハードルが高いものです。
幼稚園が家の次の居場所になり、今まで家族と一緒に生活していた家庭から離れた、幼稚園という子ども達から見たら広い世界の中で、まずは好きな遊びや好きな場所が見つけられたら、それで十分なのです。
そして、しだいに家族のほかに安心できて頼れる大好きな先生ができ、困ったことがあれば頼ったり一緒に遊んだりしているうちに子どもなりに心にもゆとりが生まれ、はじめて周りに目が向けられるようになります。そうすれば友達にも自然に目が向くようになるのです。名前を覚える、とか、一緒に楽しく遊ぶ…というのはその先にあるものです。
少しずつ少しずつ。
新緑の季節はそんな少しずつ芽吹いていく自然の様と子ども達の成長がかぶって見えるから、より美しく見え、心も惹かれるのかもしれません。
子ども達も草花と同じように、急に成長するわけではありませんが、このような日々の何気ない生活の中から、少しずつ友達とのかかわりや、明日も楽しみに幼稚園に来ることができるようになっていき、健やかに成長していってくれたら、嬉しいです。
園長 伊勢 千春
2026年04月30日
進級入園した子ども達の新年度の生活が始まってから、約三週間がたちました。暖かい日も増えてきて、子ども達も裸足になったりどろんこ遊びが始まったりと元気いっぱいな様子です。
今の時期、担任達は子ども達との信頼関係を築くのがとても大切な時期です。担任が持ち上がりの子もいれば、初めて担任になる子など様々ですが、持ち上がりでその子のことをこれまで見てきている先生であっても、部屋が変わったりクラス替えにより周りのお友達の顔ぶれが変わったりしているので、緊張がない子のほうが少ないはずです。その懐にいかに入っていけるかは担任の腕の見せ所です。話しかけるタイミングや内容、時にスキンシップをはかったり笑顔で言葉をかけたり…子どもが何かで困っていたり不安げな表情だったりを見逃さずにそっと子どもに寄り添えれば、きっと「先生は困った時に助けてくれる」という安心感にもつながるでしょう。このように子どもに寄り添うということはとても大事なことですよね。「寄り添う」とか「見守る」ということは幼児教育の現場や子育てには必要不可欠なこと。しかし、時には今この寄り添い方をしていていいのだろうか…今は見守る時か、それとも背中を押してあげたほうがよい時か、など迷うこともあります。子育てでもそれは同じはずです。
子どもを中心に考えて、その子のペースに合わせて今は寄り添っていこうと思っても、それでなかなか状況が改善しなかったり、いったいいつまで子どもの心に寄り添ったままでいいのだろうかと思ったりすることは、子育てをしていたり子どもと関わったりしている方なら経験があるのではないでしょうか。
「時と場合による」という言葉があるように、今は子どもの心に寄り添い、共感し、様子を見る、それでいいときもあれば、状況によってはそろそろ子どもの心に寄り添いながら、なにかちょっとしたスパイスを与えて変化をもたらした方が、子どもにとってはプラスになる場合もあります。子どもだけに限ったことではありませんが、そういうきっかけになるようなちょっとした変化で、違ったものの見方ができたり、昨日までできなかったことや悩んでいたことが案外スムーズに解決したりすることもあるものです。
考え方というのは柔軟にしていかないといけないし、案外子どもにとっては親や先生からのちょっとした一押しで、しばらく悩んでいたことがスッと解決できることは、私自身もこれまで経験してきました。
「寄り添う」という日本語は、とても美しく、安心できる言葉であり、子育てにおいても大事なキーポイントとなる言葉です。そして「寄り添う」という言葉には、「共感する」という意味だけでなく「サポートする」という意味も含まれています。
子どもが何かをきっかけに自らふと変われる瞬間を見出すこともあれば、周りの大人があえて何かを仕掛けていき、思い切って変化を与えることが必要な場合もあるので、その時々の状況でどう寄り添っていくか、サポートしていくかを見定めていくことが必要になるときもあると思います。しかし、そのタイミングがいつなのか…という見極めはなかなか難しいものだと思います。
子育てに正解はない。だからこそ親も悩んだり迷ったり不安になったりするのです。いくら育児書を読んでも、いくらネットで様々な情報を調べても、我が子にぴったり当てはまるものがない時だってあるはずです。
幼稚園はそんなときの強い味方です。
在籍しているご家庭はもちろんのこと、まだ幼稚園には通っていない小さなお子さんの子育てを頑張っているおうちの方も、何かお困りごとがあるときは、ぜひ、いつでも、お気軽にご相談ください。
その子、ひとりひとりの現在の様子や家庭環境、年齢など、その子を取り巻くさまざまな背景を客観的に、かつ俯瞰的にみていくことで見えてくるものが必ずあるはずです。ひとりひとりに対応しながら、その時のベストを一緒に考えていけたらいいな…と思っています。
新年度が始まり、様々な変化に、子ども達も、もちろん大人だって頑張って適応しようと心と体は知らず知らずのうちにとても踏ん張っているはずです。
一人よりは二人、二人よりは三人。
そんな気持ちで皆で考えていければ、きっといい方向に進むと信じて、今年度も新たな気持ちで頑張ろうと思っている、芽吹きの時です。
園長 伊勢 千春
2026年03月13日
本日、76名の年長さんが巣立っていきました。
今年の年長さんは、とにかく個性豊かな子ども達でした。みんなそれぞれの色を持ち、どの色も決して同じ色がない、とてもカラフルな「宝の粒」でした。
楽しむ時はとことん全身で楽しみ、怒る時も全力、そして泣く時も、何かにチャレンジする時も、とにかく一生懸命。そんな子ども達は、まさに、打てば響く太鼓のようでした。
ですから、先生たちもいつも全力で、子ども達と心と心でぶつかっていたように思います。
子ども達にとっては、裸足で駆け回ることも、洋服の汚れを気にせず、思いっきり遊ぶことも、時間を忘れて、自然の中でとことん遊ぶことも、当たり前のこと、日常のことだったと思います。しかしこれは、保護者の皆様方の理解があったからこそ生まれた、子ども達にとっては幼児期の今しか味わえない、『子どもだけの特別な時間』だったのだろうと思います。
これからの子ども達の長い人生の中で、こんな風に過ごせる時間は二度とやってこないはずです。
そんな貴重な時間を、この幼稚園で、この子ども達と一緒に送れたことは、私たちにとってもかけがえのない宝物になりました。真剣に一人一人と向き合い、時に厳しく、時に寄り添い、ともに笑い、ともに感動した日々は子ども達だけでなく、私たちの心も豊かにしてくれました。
そして、いろいろなことにチャレンジする心のたくましさや、人を思いやる優しさなども、園生活を通してたくさんのことを学んだと思います。そんな芽がまだ出たばかりの年長さんですが、その芽がこれからもしおれることなく、少しずつでも伸びていってくれたら嬉しいです。
それぞれの色が、それぞれの場所で、どんなふうに変わっていくのか、とても楽しみです。
27校、それぞれの小学校へ進む子どもたちの未来が、明るく平和な未来でありますように、これからもずっと応援しています。
園長 伊勢 千春