園長先生のつぶやき

心に思うこと、その時感じたことをそのまま綴る、園長の徒然日記です。

2026年03月13日

本日、76名の年長さんが巣立っていきました。

今年の年長さんは、とにかく個性豊かな子ども達でした。みんなそれぞれの色を持ち、どの色も決して同じ色がない、とてもカラフルな「宝の粒」でした。

楽しむ時はとことん全身で楽しみ、怒る時も全力、そして泣く時も、何かにチャレンジする時も、とにかく一生懸命。そんな子ども達は、まさに、打てば響く太鼓のようでした。

ですから、先生たちもいつも全力で、子ども達と心と心でぶつかっていたように思います。

子ども達にとっては、裸足で駆け回ることも、洋服の汚れを気にせず、思いっきり遊ぶことも、時間を忘れて、自然の中でとことん遊ぶことも、当たり前のこと、日常のことだったと思います。しかしこれは、保護者の皆様方の理解があったからこそ生まれた、子ども達にとっては幼児期の今しか味わえない、『子どもだけの特別な時間』だったのだろうと思います。

これからの子ども達の長い人生の中で、こんな風に過ごせる時間は二度とやってこないはずです。

そんな貴重な時間を、この幼稚園で、この子ども達と一緒に送れたことは、私たちにとってもかけがえのない宝物になりました。真剣に一人一人と向き合い、時に厳しく、時に寄り添い、ともに笑い、ともに感動した日々は子ども達だけでなく、私たちの心も豊かにしてくれました。

そして、いろいろなことにチャレンジする心のたくましさや、人を思いやる優しさなども、園生活を通してたくさんのことを学んだと思います。そんな芽がまだ出たばかりの年長さんですが、その芽がこれからもしおれることなく、少しずつでも伸びていってくれたら嬉しいです。

それぞれの色が、それぞれの場所で、どんなふうに変わっていくのか、とても楽しみです。

27校、それぞれの小学校へ進む子どもたちの未来が、明るく平和な未来でありますように、これからもずっと応援しています。

 

園長   伊勢 千春

 

2026年03月11日

今日で東日本大震災から15年が経ちました。

15年も経ったのか…と「15年」という数字だけを見るとそう感じますが、私の中ではついこの間のことのように、その日の記憶が鮮明に残っています。

震災のあった2011年。私はこの職場におり、教務主任という立場でした。地震が起こった時間はちょうど降園後で、帰宅した子もいればスクールバスに乗って帰宅途中だった子、次の便のスクールバスを待って遊んでいた子など様々でした。園内に残っていた子は全体の半分以下だったと記憶しています。

あの大きな地震がきた時、私は職員室にいました。かなりの揺れに大人でも立っていることがままならないほどの大きな揺れだったことを覚えています。当時教頭だったA先生はそんな揺れの中、必死で非常放送設備までたどりつき、子ども達に向けた緊急放送をかけていました。当時の園長もあの大きな揺れの中、教室に向かっていました。廊下の壁をつたいながら一歩一歩踏みしめるようにかなりの大股歩きで、しかし体からは一刻も早く教室の中にいる子ども達の様子を見に行かねば…という緊迫感がにじみ出ていました。そんな園長や教頭の姿を見て、私も子どもの命を守るために行動に移さねば…と思った光景を、昨日のことのように覚えています。教頭が子ども達に向けて呼びかけていた放送機器もすぐに電源が落ちてしまい、放送が届かなくなってしまったので、そのあとすぐに教室をまわったり外で遊んでいる子ども達に声をかけ皆で園庭に避難したりしました。

室内にいた子ども達は揺れに驚いて怖がって泣いている子もいましたが、外で走りまわっていたりブランコをこいでいたりした子ども達の中には、実際地震に気が付いていなかった子もいました。先生たちが真剣な怖い声で避難を呼びかけ、それで何事が起ったのかわからず泣く子もいました。

その後、小雪の舞う中、ビニールシートを敷き、子ども達の上着を取りに教室に戻り、子ども達と寒い中、シートで身を寄せ合いました。

幸い、園自体、壁が崩れたり窓ガラスが割れたりなどの被害はなく、各クラスのピアノが少し動いていたり水槽の水がこぼれていたりした程度でした。園の中で一番被害が大きかったのは、先生たちの机の上のものが散乱し、本棚の書類や様々な機器が山積みの職員室で、子ども達の保育室に被害がなかったのが何よりでした。

揺れが収まった直後くらいだったでしょうか、だいぶ早い段階で主人からも電話が入り、お互いの安否の確認はできましたが、ほかの家族の安否確認はまだできない状態でした。

子ども達を集めた後は夕方に差しかかってきたこともあり、だんだん気温も下がり寒さが厳しくなってきたので、園に戻ってきたスクールバスを園庭に入れ、エンジンをつけて暖を取りました。当時は非常食などの備蓄をしておらず、預かり保育用に買っていたおやつを子ども達に配って、おうちの人の迎えを待ちました。

おうちの人のお迎えを待つ間、少し心に余裕が生まれると、自分自身にも当時9歳の娘がおり、ふと、我が子が今どうなっているか、急に心配が募りました。その日はちょうど学校が短縮授業の早帰り日。いつもなら学校近くの児童センターに行っているはずですが、この日は早帰りの日だからと、たまたま友達の家に遊びに行くと言っていた日でした。

普段から、短縮授業は何時に終わるのか、何時頃に学校を出るのかなど、全く把握していなかったため、せめて娘がどこにいるのか所在だけでも知りたかったのですが、職務もあり、なかなか自分のことが切り出せない状況でした。気づけば、あたりも真っ暗になっていたので、保育所に子どものいるS先生と二人で、一度子どもを迎えに行かせてもらいました。今我が子はどこへいるのだろうか、学校?お友達の家?それとも自宅に帰って一人でいる?…考えれば考えるほど、気が焦り、鼓動が早まり、その時の心配による胸の高鳴りはこれまで経験したことのないものでした。

幸い、地震発生時はまだ学校にいる時間だったようで、学校の体育館に先生と一緒に避難をしていました。生徒はもう数える程度しか残っておらず、体育館のほとんどが、避難してきている方たちで埋め尽くされていました。娘の姿を見た時は、本当に胸をなでおろしたのと同時に、迎えに来るのが遅れてしまい怖かっただろうなと本当に申し訳ない気持ちとでいっぱいでした。その足で実家により、両親の安否を確認し、いったん自宅に立ち寄り、また職場に娘を連れて戻りました。

娘は私が心配していたほどの様子はなかったものの、「ママはめるへんにいるから大丈夫だと思っていたけど、先生たちが聞いていたラジオで、海に大きな津波がきているって言っていて、パパが大丈夫かすごく心配だった。」と言っていました。当時塩釜勤務だったこともあり、海の近くの職場ということは娘も知っていました。先生たちにそのことを話したようで、大丈夫かラジオを一緒に聞かせてもらっていたけれど、途中から怖くて聞けなかった…と話していました。電話で話したから大丈夫だよと伝えると、安心して、めるへんの子ども達と一緒にスクールバスで暖を取り、おせんべいを食べました。娘もそのことは今でも覚えているようです。

その年の数日後に予定していた卒園式はPTAの代表の皆さんと話し合い、延期に。そして小学校に上がった1年生の夏休みに数カ月遅れの卒園式を行いました。3月に行ういつもの卒園式で飾るたくさんのカラフルな花鉢は、夏ということもありモンステラやハイビスカスなど、夏の花たちで彩り、いつもとガラッと雰囲気の違う卒園式になりました。卒園して数カ月経ったにもかかわらず、当時の子どもたちは卒園式で歌う予定だった歌や披露する言葉などを全て覚えており、私たちを驚かせました。服装は自由。しかしほとんどの子ども達が幼稚園の制服を着てやってきました。皆、制服がピチピチで窮屈そう、そしてスカートやズボンの丈も短くなっており、子ども達の成長をとても感じた瞬間でもあり、本当に忘れられない涙の卒園式になりました。

 

たくさんの被害のでた東日本大震災。

当園でもこの震災を教訓にし、備蓄品の保管、物の固定、非常時のマニュアルの見直しなどを行ってきました。そして避難訓練の重要性を、子ども達にも若い先生たちにも伝えています。時代が流れ、震災を経験したことがない人も増えていきます。しかし、教育現場でできること、一人の人間としてできることをこれからも考え、伝えていきたいと思っています。

 

 

園長   伊勢 千春

2026年03月09日

幼稚園は子ども達の学びの場。

周りからの刺激を受け、語彙が増えていったり友達とのかかわり方を学んだり、今までやったことのないことに取り組んでみたり。こうしてたくさんの栄養を心と体に少しずつ積み重ねていくことで、こどもは日々成長していきます。

しかし、常々いろいろなところで話していることですが、幼稚園という場所は子どもだけが成長する場所ではなく、教師も保護者も成長する場所だと私は思っています。子どもはもちろんのこと、私たち教師も子どもとのかかわり方を学び、常に研鑽を重ねていかなければならないし、親も子どもとのかかわり方を模索しながら子育てに向き合っていかなければなりません。家庭での我が子と集団の中での我が子とでは、違う面もたくさんあるため、私たち幼稚園と保護者とが子どものことについて喜びも問題も一緒に共有しながら子ども達にとって良い方向に向かっていけるよう努めなければならないと思っています。

そんな考えや思いもあり、当園では忙しい中ではありますが、先生たちの研修も充実させています。外部に出る研修はもちろんのこと、ZOOMで受ける研修や園内研修も回を重ねています。その中の一つの「園内研修」は毎年子ども達のどんな心の育ちを深めていきたいかを検討し、テーマを決め、実践を行っています。学期ごとに各クラスの実践事例をまとめ、皆で共有し、「こうだったらいいよね」「こういうときはこうしてみたら?」「私だったらこんな環境を作ってみるかも」など、それを受けて次につながるような話を皆でし、子どもたちの育ちにとってよりよい教育環境を模索しています。

そんな中、先日、あるこども園が書いた論文を読み合わせする機会を設け、自分たちの保育と照らし合わせ、感想を言い合うという研修を行いました。「ここがこうよかった」とか「自分の保育を振り返り、もっとこうしていきたいと思った」また、「自分もこんな保育をやってみたい」など、反省や感想、そして次につながる期待なども膨らんだ研修になり、とても有意義な深い学びの時間となりました。

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今回読み合わせした論文や先生たちの反省や感想、これからの自分の保育への期待などを見聞きして、なんだか自分もとても保育がしたくなりました。もし私も自分のクラスがあったなら、こんな風な保育がしたいな…とか、こんなことを取り入れてみたいな…など、かなり触発されました(笑)。そしてクラス担任をうらやましいと思い、自分が今からクラス担任になったら…なんていう想像までしてしまった次第です←かなり本気でです(笑)。

ここを退職して先生としてどこかに勤めれば…いやでもこんな年齢でどこも雇ってくれないよな…いや今は人手不足の世の中だから、どこかしらは…でも、仮に雇ってくれたとしても私のクラスになった子が、こんなおばちゃん先生だったら嫌だろうな…いやその前に、想いは満タンにあっても自分の思い描く理想の保育ができる体力が果たしてあるだろうか…想いがあっても若い先生たちと同じように動けなかったら自分の思う保育はできないし…など様々な想いが頭の中をグルグルと駆け巡りました(笑)。本気度が伝わっているでしょうか(笑)。

しかし、その後落ち着いたところで、自分の今の立場でできることは何かを考えた時に、何人の先生がこの時の私が受けた想いのようにやる気が刺激されたかはわかりませんが、やはりこうやって様々な学びの時間があると、次への想いにつながるから、こういう時間を次年度も作っていこうと思いました。そして、今の現実を考えれば、私は実際にはクラス担任としては実践できないけれど、今いる先生たちとその思いを共有し、一緒に考えたり子どもとのかかわり方を学んだりしていきながら、みんなにその想いを託し見守っていこうという結論に落ち着きました(笑)。一周回って元居たところに着地したということですが(笑)、それくらい私にとってもよい学びの時間となりました。

 

人とかかわる幼稚園。人を育む幼稚園。

人間形成の土台を作る幼児期に携わる私たちの仕事は、とても重要な仕事だと思いますし、とても尊い職業だとも思います。

そのような想いで向き合ってきた年長さんとも、今週でお別れです。

先週の年長さんのお別れ会では、先生たちから「桃太郎」の劇のプレゼントを贈りました。私も桃太郎のおばあさん役と鬼役の二役をこなしましたが、翌日お尻がかなりの筋肉痛(笑)。特に運動をしたわけでもないのになぜ筋肉痛に⁈と思っていたら!おばあさん役でかなり腰を低くし、すり足歩きでおばあさんになりきっていたのでその時に使った普段使っていないお尻の部分が筋肉痛になったのかと…それしか考えられません(笑)。

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もちろん私だけではありませんが、先生たちみんなが常に全力で、時に楽しく、時に厳しく、子ども達に向き合ってきました。最後の最後まで、想いをもって子ども達と向き合い、最後の日を迎えられたらと思っています。

 

 

園長    伊勢 千春

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2026年01月30日

劇あそび旬間が本日最終日を迎えました。劇あそびは単純に「面白い!」・・・そんな場面が垣間見れるエピソードがいくつもあります。

年少でお風呂ごっこを楽しんでいるクラスがあり、お風呂に入っていなそうな臭い人を探しに行こう!となった模様…すでにこの時点で嫌な予感がします。廊下で出会ったN先生は「いい匂い♡」とセーフ!しかし、職員室に来て私の体を嗅ぎ出した子ども達は「いい匂い♡」と言ってくれる子もいたものの、一人の子が「なんか…ちょっと臭いかも」と小さな声で言い出すと「ほんとだ、なんか臭い」「臭いにおいがする」と次々に続き、鼻をつまんで手で仰ぐ子まで出る始末(笑)。臭い人を探して自分たちでクラスに作ったお風呂に入れて紙で作った石鹸やスズランテープで作ったシャワーでゴシゴシしたいわけなので、臭い人がいなければ遊びも発展しないわけです。そこで私も「ぷぅ~!あ…オ〇ラが出ちゃった」その後も「ぷっぷっぷっ。どうしよう、オ〇ラがとまらないよ~」というと、子ども達の目はキラキラ。「やっぱり臭いからお風呂に入らなきゃだめです」とか「おふろで体を洗ってあげる!」とクラスまで連れていってくれました。そして翌日には「オ〇ラの止まる薬を見つけたからもってきたよ!」とワイワイガヤガヤ園長室まで持ってきてくれました。名誉のために付け加えるならば、もし、「園長先生の体が臭かった」とか「オ〇ラがいっぱい出てた」とか「オ〇ラが止まる薬を飲んでいた」という報告をお子さんからうけたならば、こういう裏事情があり劇ごっこの世界を楽しんでいた延長線上なので、決して本気にしないで下さいね(笑)。

このほかにも様々な先生や職員が園内のいたるところで子ども達からの突然の投げかけにアドリブ対応をして、劇あそびはより面白く深みを増していきました。まさに職員総出。クラス担任から頼まれた仕掛け役になることもこの期間では日常のこと。

左はクロネコ、右はおっちょこちょいな泥棒。職員室でせっせと身なりを整えてスタンバイ。

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そして、劇あそびのステージは各教室や廊下、他クラスや園庭にとどまらず、隣接する風の子公園にまでおよびます。

毎年、「風の子にオオカミがいるかも!」とか「風の子の方からガサガサって音がした!」、風の子を指さして「なんか今、鬼の角が見えた!」など空想の世界を楽しんでいる中で、風の子公園の存在は劇ごっこの世界では切っても切れない絶好のステージになります。劇あそびのこの時期、毎年こうして足を運んでいますが、今年は全国的にクマ問題があるため、先生たちからも子ども達からこのような発想が出た場合、連れて行ってよいかと質問を受けていました。冬になり寒いとはいえ、まだ心配もありますが、場所の制限はある程度設け、子ども達が行くことになりそうだという報告を受けた際には、子ども達より先に現地に行き、下見をしながら念のため爆竹を数か所で鳴らしてくるというのが私のここ最近の日課になっておりました。

 

その際見つけたもの。

下の左の写真は先週の金曜日にはまだ小さく硬そうな梅のつぼみ。右はその三日後には咲き始めていた梅の花。日中でも気温がプラスになるかどうかのこんなに低い気温でも、梅の蕾の硬さが視覚的にも緩んでいるものもあればもう開いているものも。体感的にはとても空気が冷たく、まだまだ春の気配なんて…と思いますが、こうして着実に春は近づいているのですね。

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そして

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ハクビシンでしょうか、タヌキでしょうか。6~7㎝程度の動物の足跡も発見!みんなみんなこの寒い外の世界で頑張っているのですね。

こんな本物の動物の足跡を見つけた子ども達はどんな反応をするのかな…そう考えただけでこちらまでワクワクしてくる、そんな劇あそび旬間でした。

空想の世界を楽しみながら、想像を膨らませたり創造力を働かせたり、言葉の表現や身体表現、幼児期に身に着けたい様々な力がさらに深まる、そんな二週間になってくれていたら、きっと身を粉にして全力で保育に向き合った先生たちも、きっと本望でしょう。

 

 

園長   伊勢 千春

 

 

 

 

2026年01月23日

めるへん恒例の劇あそび旬間が始まり、年に一度の、先生たちが最も頭と体が疲れる二週間が始まりました(笑)。

「劇あそび」とはあまりなじみのない言葉だと思いますが、皆さんがよくご存じの「劇」とは全く異なるものです。

簡単に言えば、「劇」はストーリーが決まっていて、セリフや配役も決まっており、ステージで観客に見せるためのもの。だから、練習も必要になってきます。しかし「劇あそび」はストーリーも決まっていなければ、セリフや配役も決まっていません。子ども達と先生が一緒に作り上げていく「あそび」のため、誰に見せるわけでもなく、「練習」という概念は全くありません。

子ども達が大好きな絵本やお話がある程度モチーフになったり土台になったりする場合もあれば、クラスで盛り上がっているごっこあそび(お店やさんごっこやレストランごっこ、病院ごっこ等)が土台となってあそびが発展していく場合もあります。

いずれにせよ「劇あそび」という名の通り、「劇」の要素は入るため、ストーリーのようにその時の子ども達の発想や発言、アイディアで様々な方向に展開したり発展したりしていくのが「劇あそび」です。

劇あそびの最大の魅力は、このあそびの中には子ども達にとって「学びの要素」がとにかく盛りだくさんちりばめられているということです。

例えば、決まっていることを決められた通り表現するわけではないため、自由に「身体表現」をすることができたり、子ども達が自由にイメージを膨らませ、思いついたアイディアを伝えたりあそびに必要と思われる小道具などを好きなように工夫して作ったりすることができるので、「想像力」や「創造力」が育ちます。ですから、身体表現や言葉で伝える力、想像する力や創造する力、自ら考える力に友達とのコミュニケーション等々。挙げたらきりがないほどたくさんの育ちが劇あそびにはあるのです。

子ども達のその時の思い付きの発言や想像に、私たち教師がついていかなければならないので、子ども達もやらされている感覚や遊ばされている感覚はきっとないはずです。しかし、想像の世界をなかなか楽しむまでに時間のかかる子ももちろんいます。無理をせず、ひとりひとりのペースに合わせて頃合いを見ながら声をかけ、その子なりのかかわり方ができるよう教師も模索しています。最初は遊びには入らず、静観してみている子でも、皆が楽しそうにああだこうだ意見を出したりなりきったりしている姿を見ているうちに、「このほうがいいんじゃない?」とか「おなかすいてるなら僕がお団子作るよ」と粘土を持ち出してきて、いつのまにか自然と遊びの中に入っていて、気づけば、レストランの店員さんやお団子屋さんなどになっているのです。

そんな自然な流れの中で、子ども達がお話を作り上げていくのです。子ども達にとっては遊びを作っているとか進めているという概念はないと思います。しかしそんな学びをいつのまにかしているのです。私はそんな劇あそびが幼児期にとって、まさに理想の学びだと思っています。

ただし、大変なのは先生たち(笑)。いつどこでどんな発想が子ども達から出るかわからないし、今どんな風にお話が進んでいるのかを皆が共有しないと楽しめない子が出てきてしまうので、整理をし、みんなで「今日はこんなだったね」と共有する時間も必要です。しかしそんな時間もまた、人の話を聞く・見る・考える・想像する・そして次の日への意欲などにおいて学びの時間となるわけです。

もしかすると子ども達が帰宅してから今日あった遊びの出来事をお話しすることがあるかもしれません。そしてその話を聞いても、何がどうなっているのかさっぱりわからない…ということが多々あると思います(笑)。しかし子ども達のお話に耳を傾けてくださるだけで結構ですから、どうぞ聞いてあげてください。担任が発行するお便りでつながるところがいくつか出てきたらラッキーです(笑)。

かわいい衣装を身に着け、ステージ上でセリフを言う姿はお見せできませんが、劇あそびを通して子どもひとりひとりが様々な面において心が育っていることだけは、間違いなく自信をもって言えます。幼児期の子ども達の様々な心の育ちを考えた活動の一つである「劇あそび」。来週もどんな育ちがあるか、私も子ども達とかかわりながら体感していきたいと思います。

 

 

園長    伊勢 千春

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