2026年05月15日
新緑がきれいな時期になりました。
個人的に、週末のたびにどこかしらにドライブで出かけることも多いのですが、車窓から見える新緑は、この時期とても美しく、目も休まり、心も洗われるようなそんな気分になります。
小さな虫や生き物達も活動をし始め、草花もいきいきと育つ時期。
なんだか子ども達の成長と似ています。
新しい環境で今まで泣きべそ顔で登園していた子も、笑顔が増えていったり、去年まではこの時期一人遊びを好んでいた子が、お友達と一緒に戯れていたり。
先日もこんなことがありました。
昨年満三歳さんで入園してきたTちゃん。
去年まではお母さんに連れられて泣きべそをかきながら登園してきたり、先生のそばで遊んでいる姿が多かったり。日々少しずつ幼稚園に慣れてきている様子はもちろんありましたが、今年のTちゃんはちょっと違います。
職員室の窓辺から顔を出し、いままで聞いたことのないような大きな声で、「むしめがね、かしてください!」とやってきました。新しく4月から入ったお友達と一緒に。そして、むしめがねを使って、二人で前日に年少組さんで植えたばかりの朝顔の苗をまじまじと眺めている様子。
「お花まだ咲いてなかったね」「うん、まだだったね」「またあしたも見にこよう♪」「うん。またあした見てみよう♪」と二人で手をつないで駆けていきました。
たったそれだけのことでしたが、なんとも心あたたまる光景を見たなーと嬉しくなった瞬間でもありました。
去年のTちゃんとは比べ物にならないくらい明るく元気な様子。そして入園したばかりの新しいお友達も楽しそうな様子。昨日植えたばかりの朝顔がもう咲いたかと虫眼鏡を使って見にきた様子。お花が咲いていなかったけれどまた明日見にこようと約束をし、ワクワクで去っていった様子。
ひとつひとつが愛おしく感じられました。
今はまだ生き渋りをしている子も、こんなふうになる日は来るのです。
今はまだお友達とのかかわりが少ない子も、こんなふうになる日が来るのです。
『「幼稚園で何してあそんできたの?」と我が子に聞いても「わからない」と言われたり、「誰と遊んできたの?」と聞いても「わからない」「誰とも遊んでいない」という返答だったりで、集団生活は大丈夫だろうかと心配している。』と、年少の担任時代はよく保護者からこの時期こんな相談をうけていました。
しかし、この日の一コマのように、子ども達の日常の生活は「なにをしてあそんだ」とか「これ」というひとつの活動だけでは言い表すのが難しいことがたくさんあります。この日のTちゃんたちのこの時間も何をしてあそんでいたかといわれれば、見ていた私ですら返答に困ります。しかし、あの時間は二人にとっては充実した園生活を送っている一場面だったと言えます。
ですから、今はまだ友達の名前が出てこなかったり、一人で遊んでいる様子だったりしている子も、いずれ集団生活を通してこんな日は必ず来るのです。
幼稚園に入ったばかりの子が入ってすぐに友達の名前を覚え、一緒にかかわってあそぶという行動は、子ども達にとっては案外ハードルが高いものです。
幼稚園が家の次の居場所になり、今まで家族と一緒に生活していた家庭から離れた、幼稚園という子ども達から見たら広い世界の中で、まずは好きな遊びや好きな場所が見つけられたら、それで十分なのです。
そして、しだいに家族のほかに安心できて頼れる大好きな先生ができ、困ったことがあれば頼ったり一緒に遊んだりしているうちに子どもなりに心にもゆとりが生まれ、はじめて周りに目が向けられるようになります。そうすれば友達にも自然に目が向くようになるのです。名前を覚える、とか、一緒に楽しく遊ぶ…というのはその先にあるものです。
少しずつ少しずつ。
新緑の季節はそんな少しずつ芽吹いていく自然の様と子ども達の成長がかぶって見えるから、より美しく見え、心も惹かれるのかもしれません。
子ども達も草花と同じように、急に成長するわけではありませんが、このような日々の何気ない生活の中から、少しずつ友達とのかかわりや、明日も楽しみに幼稚園に来ることができるようになっていき、健やかに成長していってくれたら、嬉しいです。
園長 伊勢 千春