園長室から

水たまりの思い出

アジサイの花がキレイな季節を迎えました。

桜やタンポポ、つくしは春の訪れを告げてくれ、その後新緑がキレイな季節に移り変わったと思っていたら、梅雨に入り、今度はアジサイがイキイキしています。

園庭の草花や畑の作物も雨の恵みを受け、どんどん大きくなっています。

梅雨真っ只中ではありますが、めるへんの子ども達も、ぐんぐん育つ作物と一緒で、自然の恵みをたくさん受けながらイキイキしています。

園庭を見渡せば、元気に裸足で駆け回る子、水たまりにピチャピチャ入り上がるしぶきに歓声を上げる子、まるでお風呂に浸かっているように友だちと顔を見合わせながらにこにこと水たまりに浸かる子など様々です。そんな子ども達をみていると、本来の幼児期の子どもの姿はきっとこうなのだろうと妙に納得してしまいます。

大人からみて一般的に考えれば、どうしてわざわざ水たまりに向かうのか、水たまりでビチャビチャしたら、靴も濡れるし着替えも大変だからやめて~と思うことがあるのではないでしょうか。

実は私も娘の幼少期に水たまりから発見したことがあるのです。

娘がまだ保育園に通っていた頃。

7時台には園に預けて出勤していたので、朝はまさに戦争でした。一分一秒が勝負で、とにかく無駄を省きたいし遅刻したら大変、だから子どもにはなるべくスムーズに動いてほしいと思っていました。ましてや雨や雪の日などはいつもの大荷物にさらに傘まで増えたり道路も渋滞したりするので、無駄な動きは極力避けたいと…(苦笑)。

しかしある時、そんな考えは大人の勝手な都合なだけで子どもにとっては何の関係もないということに気づきました。

それは、ある雨上がりの朝のことでした。娘が駐車場内で水たまりを発見し、吸い寄せられるように走っていきました。私は、(はぁ~…急いでいるのだから今あそばなくたって保育園に行けばたくさんあそべるのに…)と心の中でため息がこぼれました。ところが「ママ!みて!水たまりがすごいよ☆ほら、きらきらしてるよ☆」と水たまりを指さして満面の笑みを浮かべた我が子がそこにいました。大発見をしたような、すごい宝物を見つけたような、何とも言えない高揚した表情でした。そしてその後、満面の笑みのまま水たまりにビチャッ!ビチャッ!と勢いよく長靴でジャンプし始めました。時間にしたら一時のことでしたが、その一連の娘の姿を見て私はハッとしました。

そうだよなー子どもなんだから、そんな魅力を感じる水たまりを目の当りにしたら、今、その水たまりに惹かれるに決まっているよなー…それが子ども本来の姿なんだろうと。そして、今までなんと勝手な都合で物事を考えていたのだろうと。今の私は、全て大人の事情、大人の都合で物事を考え、そこに子どもの思いや気持ちの入る隙間が果たしてあっただろうかと反省しました。

保育園に行ってからでも水たまりでは遊べるのでしょうが、我が子は今ここにある、目の前にある水たまりが気になったのです。今ここにある朝の太陽の光を受けてキラキラ光っている水たまりにただ惹かれただけなのです。そういう思いはまさに 『今』 しか感じられないことだろうと。

 

先週、強い雨のあと、雨が止んで青空が雲の隙間から顔を出し、うっすら光も差し込んできた光景を指さして、「せんせい。おそらがひかっててきれいだね。きらきらしてるね」とつぶやいた子どものつぶやきに、なんて素敵な感性だろう…とその光景と子どものつぶやきに感動しました。それと同時に、娘の幼かった時のその水たまりの出来事を思い出しました。

 

子ども達の思いには 『今』 しか感じられないこともたくさんあるのです。その瞬間を逃したら表現できないことだってあるはずです。

目の前に水たまりがあれば、まさに 『今』 その水たまりに入りたいのです。それが子どもです。急いでいる大人側の空気を読んで、自分の今心が惹かれていることを閉じ込めるには、まだ年齢が幼すぎるのではないか、そういう空気の読める子に今なってほしいと自分は思っているのか…と考えた時に、それは違うなという答えが自分の中で出たのです。

当時の私はその水たまりの我が子の光景をみて、自分の中で小さな努力事項をひとつ決めました。

それは、雨の日や雪の日は特に子どもが心惹かれるものがたくさんある。自分が子どもを保育園に送っていくのにも普段よりは時間がかかったりもたついたりする。であればどうしたらよいか…。私は大人であり親であるから幼い娘よりは融通が利くわけで、それならば私がいつもより5分でも早く我が子を起こしいつもより5分でも早く外に出ることさえできれば子どもに「早くしなさい」「そんなの保育園に行ったらやればいいでしょ」などという心もとない言葉を子どもに浴びせる必要がなくなるのではと思いました。

それからというもの、雨や雨上り、そして雪の日にはいつもよりも5分時間を多く見積もって家を出るように心がけました。たった5分など小さな小さな努力事項ですが、それでもそんな自分の想いは子どもの想いに寄り添うためのなくてはならないものと考え実践しました。

 

最初からそんな想いを持ち、実践できていれば苦労なかったのでしょうが、なにせ私も新米ママでしたから、親も日々勉強と思い、気づいたときに方向を変えたりプラス要素を加えたりしながら軌道修正を行っていくしかないなーと思い子どもと向き合っていました。今も変わらずですが…(笑)。

 

 

園長   伊勢 千春

 

 


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