園長室から

紅梅の木のように

明日、いよいよ卒園式を迎えます。

ここ最近、園長室で仕事をしていると、卒園の時にステージ発表する声や、歌声が聞こえてきていましたが、先週末の予行練習で初めて年長さんの練習風景を見ました。この日が本当の卒園式でもよかったくらいひとりひとりが頑張っていてとても立派でした。

2、3年前はお母さんから離れ、あんなに泣いたり話が聞けなかったり、集団のルールも分からず自由に動き回っていた子ども達が、たった2,3年でこんなにも成長するのです。ですから子どもの成長というのは本当にすごいと思います。

そして、子ども達がこんなふうに成長したのは、ひとりひとりの心の根っこが育ったからです。

あそぶ時はとことんあそび、やるときはしっかりやる、そして頑張る力もたくさん育ったからです。こうして大きくなれたのは家族のおかげであり、たくさんのことを一緒に学んだ友だちのおかげ、皆のおかげです。決して一人で大きくなっているわけではありません。だから、卒園する子ども達にはそのことを忘れず、周りの人に感謝できる子であってほしいと願います。

これから先、楽しいことや楽なことばかりでなく、嫌だなと思うこと、上手くいかないこと、苦しいことだってたくさんあるはずです。親や周りが助けてあげられることもあれば、自分で考え乗り越えなければならないことだってきっとでてきます。だからこそ、子どもにとっての試練を自分の力で越えていける強さやたくましさを持ってほしいという想いも持ちながら、子ども達に本気で向き合ってきました。

幼児期は木で言えば根っこの部分であり、土に隠れて見えない部分だと思っています。その根っこがどう育つかでその後の木の太さや強さに影響してくるのです。しっかりと地に這うような立派な根っこになれば、その後幹が伸びていくうえで雨風にさらされても、冬の寒さを直に受けても耐えることのできる立派な木になると信じています。だからこそ、人の目には見えない根っこの部分にこだわっているのです。

子ども達のこれからの長い人生の中で、幼稚園時代はほんの2,3年であり、それこそどんな幹になりどんな葉をつけ、どんな花を咲かせるかはわかりません。しかしこの土台をしっかりつくることでその後の育ちに影響があるとするならばなおのこと、子ども達に携わる私達の使命として、この短くも重要な2,3年をひとりひとりとしっかり向き合っていかなければならないと思っています。

 

先日、隣の長命館公園のサポーターズクラブのIさんから紅梅の木の枝の一部をいただきました。紅梅の木の枝の皮を削ったものをIさんが持ってきて下さったのですが、見ると枝の皮の下はなんと赤い色をしていました。枝の切り口の断面も赤くなっていました。

Iさんの話によれば、この枝の赤い色は梅の花が開くまでの間だけであって、梅の花が咲けばもうこの赤い色は枝にはみられなくなるそうです。調べてみると、木が乾燥するにつれ色が抜けていき徐々に枝の内面の色は褐色になるとのこと。だからちょうど開花の頃には枝の内面は紅色ではなくなるとのことでした。実際年長クラスで以前いただいた紅梅の枝の一部の切り口は花開くまでは赤くなっていましたが、梅の花が咲くとその切り口部分は白っぽくなり紅色ではなくなっていたそうです。それを見て子ども達も「えぇ~!ほんとだ~!なんでぇ?!」と驚いていたそうです。

Iさんから、「この紅梅の木の枝は先生達みたいだね。」と言われました。

「紅梅の木の内面は最初はこんなにも赤いのに、花が開くころには色が花に吸い取られるかのように白っぽくなる。たくさんの栄養を子ども達に与え、子ども達がそれを吸収し花開く。先生達が枝だとしたら子ども達は梅の花のようだね。」と。

なんて素敵な表現なんだろうと感動しました。

枝の内面の赤い色は、冬の寒さが厳しければ厳しいほど濃くなり、やがて咲く紅梅の花の色も濃く深く色味が増すそうです。

子ども達と真剣に向き合うには、時に悩み、時に迷い、様々な苦労ももちろんあります。しかし、そんな迷いや悩みも含め冬の寒さのように試練があった分だけやがて咲く花が綺麗に花開くとしたら、こんな嬉しいことはありません。

Iさんのこのたとえを聞いて、なんて素敵な表現であり、私達の仕事はなんて素晴らしいのだろうと感じました。

そんな想いでお預かりしていた子ども達93名もいよいよ巣立っていく時がきました。

いつか子ども達の咲く花が、濃く、深く、人の心を揺さぶり魅了するようなそんな色味のある花になるよう願い、小学校へ送り出したいと思います。

年長さん。

元気に小学校へ、いってらっしゃい。

 

 

園長    伊勢 千春

 


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