2026年06月09日
先日、今年度初めての未就園児対象の親子ワクワクタイムを開催しました。
当日は平日にも関わらず、ベビちゃんから動きが活発な2歳さんまで総勢30組の親子が遊びに来てくれました。
最初に親子でのふれあいあそびを体育専任教師のもと行いました。
お母さんやお父さんのお膝の上でこちょこちょされたりなでなでされたり、なんだかみんなとても楽しそう。「キャッキャッ」と子ども達から歓声に近い笑い声が聞こえたり、お母さんやお父さんの我が子と触れ合っている時の笑顔の表情をみることができたり。そんな親子の幸せそうな表情を見て、私まであたたかく幸せな気持ちになりました。
しかしきっとそんな笑顔の裏には、子育てで悩んだり子どものイヤイヤ期に疲れ切ったりすることも多々あるだろうなーと自分の子育て期と重ね合わせて想いを寄せていました。
子育てはその時々の一瞬一瞬で親の想いも変わって当然だろうと思います。我が子はとてもかわいく愛おしい。しかし時々どうしようもなく「どうしてこうなんだろう」とか「なぜこんなふうに動いてくれないのだろう」などと悲しくなったり苛立ったりすることもあるはずです。毎日子どもと向き合っていれば当然のことでしょう。そんな日頃の悩みや疲れは誰にでもあるはず。だからこそ、子育て応援に力を入れて、遊び場の提供をしたり少しでも親子で楽しい時間を過ごしたりできる場所になれたらいいなーという思いで今年度も楽しい遊びの会を計画していきたいと考えています。
今回親子ふれあいあそびを行った体育専任教諭A先生。
小学校3年生の息子さんと今回の触れ合いあそびを家でやってみたそうです。すると、3年生の息子さんが大はしゃぎだったそう。「小3でこのあそびを楽しんでいるうちの息子は、大丈夫ですかね…(笑)。」と苦笑いしていましたが、私は息子さんのこともよく知っているので、「母ちゃんとそんな風にかかわれて嬉しかっただろうし、楽しかったんだと思うよ。小学校高学年くらいになったら、いよいよ逆に息子の方からやりたがらなくなるだろうから今はまだいいんじゃない(笑)?」と伝えました。
私も確か、娘が小学校高学年くらいの時に、久しぶりに娘から外を歩いている時に手をつないできたことがあり、その手の大きさにもの凄く驚いたことがありました。幼い頃は私の掌の中にすっぽり収まってしまうような小さな手だったのに、いつのころからか手をつなぐことが減っていき、久しぶりに娘と手をつないで、いつのまにこんなに大きくなっていたんだろう…と驚きと少しの寂しさを感じたことがありました。成長に喜びや嬉しさというよりは、何とも言えない何だか物寂しい気持ちになったのを覚えてます。
しかし、我が娘は社会人になった今でも、実家に帰ってきて、自分の住まいに帰るときには、「またくるね。家に着いたら連絡するからね」と言って、自らハグをして帰ります。時々私がいつまでも離さないと、ちょっと面倒でちょっとうっとうしそうに「はいはい、わかったよ」と苦笑いをし、私をむげにしながら帰っていきます(笑)。
スキンシップは、言葉がなくても、きっとこちらの思いが伝わる最強の愛情表現でしょう。
現在、幼稚園でも子ども達を朝出迎える時も、おはようの挨拶とともに、ハイタッチをしたりギューっとハグをしたりしていますが、今しかできないこのような愛情表現ができることをありがたく思い、いつかその手やそのぬくもりが離れていく日まで、スキンシップを通じて、「みんなのそばにいるよ」「みんなを待っていたよ」という想いを伝えていけたら…と思っています。
園長 伊勢 千春
2026年05月15日
新緑がきれいな時期になりました。
個人的に、週末のたびにどこかしらにドライブで出かけることも多いのですが、車窓から見える新緑は、この時期とても美しく、目も休まり、心も洗われるようなそんな気分になります。
小さな虫や生き物達も活動をし始め、草花もいきいきと育つ時期。
なんだか子ども達の成長と似ています。
新しい環境で今まで泣きべそ顔で登園していた子も、笑顔が増えていったり、去年まではこの時期一人遊びを好んでいた子が、お友達と一緒に戯れていたり。
先日もこんなことがありました。
昨年満三歳さんで入園してきたTちゃん。
去年まではお母さんに連れられて泣きべそをかきながら登園してきたり、先生のそばで遊んでいる姿が多かったり。日々少しずつ幼稚園に慣れてきている様子はもちろんありましたが、今年のTちゃんはちょっと違います。
職員室の窓辺から顔を出し、いままで聞いたことのないような大きな声で、「むしめがね、かしてください!」とやってきました。新しく4月から入ったお友達と一緒に。そして、むしめがねを使って、二人で前日に年少組さんで植えたばかりの朝顔の苗をまじまじと眺めている様子。
「お花まだ咲いてなかったね」「うん、まだだったね」「またあしたも見にこよう♪」「うん。またあした見てみよう♪」と二人で手をつないで駆けていきました。
たったそれだけのことでしたが、なんとも心あたたまる光景を見たなーと嬉しくなった瞬間でもありました。
去年のTちゃんとは比べ物にならないくらい明るく元気な様子。そして入園したばかりの新しいお友達も楽しそうな様子。昨日植えたばかりの朝顔がもう咲いたかと虫眼鏡を使って見にきた様子。お花が咲いていなかったけれどまた明日見にこようと約束をし、ワクワクで去っていった様子。
ひとつひとつが愛おしく感じられました。
今はまだ生き渋りをしている子も、こんなふうになる日は来るのです。
今はまだお友達とのかかわりが少ない子も、こんなふうになる日が来るのです。
『「幼稚園で何してあそんできたの?」と我が子に聞いても「わからない」と言われたり、「誰と遊んできたの?」と聞いても「わからない」「誰とも遊んでいない」という返答だったりで、集団生活は大丈夫だろうかと心配している。』と、年少の担任時代はよく保護者からこの時期こんな相談をうけていました。
しかし、この日の一コマのように、子ども達の日常の生活は「なにをしてあそんだ」とか「これ」というひとつの活動だけでは言い表すのが難しいことがたくさんあります。この日のTちゃんたちのこの時間も何をしてあそんでいたかといわれれば、見ていた私ですら返答に困ります。しかし、あの時間は二人にとっては充実した園生活を送っている一場面だったと言えます。
ですから、今はまだ友達の名前が出てこなかったり、一人で遊んでいる様子だったりしている子も、いずれ集団生活を通してこんな日は必ず来るのです。
幼稚園に入ったばかりの子が入ってすぐに友達の名前を覚え、一緒にかかわってあそぶという行動は、子ども達にとっては案外ハードルが高いものです。
幼稚園が家の次の居場所になり、今まで家族と一緒に生活していた家庭から離れた、幼稚園という子ども達から見たら広い世界の中で、まずは好きな遊びや好きな場所が見つけられたら、それで十分なのです。
そして、しだいに家族のほかに安心できて頼れる大好きな先生ができ、困ったことがあれば頼ったり一緒に遊んだりしているうちに子どもなりに心にもゆとりが生まれ、はじめて周りに目が向けられるようになります。そうすれば友達にも自然に目が向くようになるのです。名前を覚える、とか、一緒に楽しく遊ぶ…というのはその先にあるものです。
少しずつ少しずつ。
新緑の季節はそんな少しずつ芽吹いていく自然の様と子ども達の成長がかぶって見えるから、より美しく見え、心も惹かれるのかもしれません。
子ども達も草花と同じように、急に成長するわけではありませんが、このような日々の何気ない生活の中から、少しずつ友達とのかかわりや、明日も楽しみに幼稚園に来ることができるようになっていき、健やかに成長していってくれたら、嬉しいです。
園長 伊勢 千春
2026年04月30日
進級入園した子ども達の新年度の生活が始まってから、約三週間がたちました。暖かい日も増えてきて、子ども達も裸足になったりどろんこ遊びが始まったりと元気いっぱいな様子です。
今の時期、担任達は子ども達との信頼関係を築くのがとても大切な時期です。担任が持ち上がりの子もいれば、初めて担任になる子など様々ですが、持ち上がりでその子のことをこれまで見てきている先生であっても、部屋が変わったりクラス替えにより周りのお友達の顔ぶれが変わったりしているので、緊張がない子のほうが少ないはずです。その懐にいかに入っていけるかは担任の腕の見せ所です。話しかけるタイミングや内容、時にスキンシップをはかったり笑顔で言葉をかけたり…子どもが何かで困っていたり不安げな表情だったりを見逃さずにそっと子どもに寄り添えれば、きっと「先生は困った時に助けてくれる」という安心感にもつながるでしょう。このように子どもに寄り添うということはとても大事なことですよね。「寄り添う」とか「見守る」ということは幼児教育の現場や子育てには必要不可欠なこと。しかし、時には今この寄り添い方をしていていいのだろうか…今は見守る時か、それとも背中を押してあげたほうがよい時か、など迷うこともあります。子育てでもそれは同じはずです。
子どもを中心に考えて、その子のペースに合わせて今は寄り添っていこうと思っても、それでなかなか状況が改善しなかったり、いったいいつまで子どもの心に寄り添ったままでいいのだろうかと思ったりすることは、子育てをしていたり子どもと関わったりしている方なら経験があるのではないでしょうか。
「時と場合による」という言葉があるように、今は子どもの心に寄り添い、共感し、様子を見る、それでいいときもあれば、状況によってはそろそろ子どもの心に寄り添いながら、なにかちょっとしたスパイスを与えて変化をもたらした方が、子どもにとってはプラスになる場合もあります。子どもだけに限ったことではありませんが、そういうきっかけになるようなちょっとした変化で、違ったものの見方ができたり、昨日までできなかったことや悩んでいたことが案外スムーズに解決したりすることもあるものです。
考え方というのは柔軟にしていかないといけないし、案外子どもにとっては親や先生からのちょっとした一押しで、しばらく悩んでいたことがスッと解決できることは、私自身もこれまで経験してきました。
「寄り添う」という日本語は、とても美しく、安心できる言葉であり、子育てにおいても大事なキーポイントとなる言葉です。そして「寄り添う」という言葉には、「共感する」という意味だけでなく「サポートする」という意味も含まれています。
子どもが何かをきっかけに自らふと変われる瞬間を見出すこともあれば、周りの大人があえて何かを仕掛けていき、思い切って変化を与えることが必要な場合もあるので、その時々の状況でどう寄り添っていくか、サポートしていくかを見定めていくことが必要になるときもあると思います。しかし、そのタイミングがいつなのか…という見極めはなかなか難しいものだと思います。
子育てに正解はない。だからこそ親も悩んだり迷ったり不安になったりするのです。いくら育児書を読んでも、いくらネットで様々な情報を調べても、我が子にぴったり当てはまるものがない時だってあるはずです。
幼稚園はそんなときの強い味方です。
在籍しているご家庭はもちろんのこと、まだ幼稚園には通っていない小さなお子さんの子育てを頑張っているおうちの方も、何かお困りごとがあるときは、ぜひ、いつでも、お気軽にご相談ください。
その子、ひとりひとりの現在の様子や家庭環境、年齢など、その子を取り巻くさまざまな背景を客観的に、かつ俯瞰的にみていくことで見えてくるものが必ずあるはずです。ひとりひとりに対応しながら、その時のベストを一緒に考えていけたらいいな…と思っています。
新年度が始まり、様々な変化に、子ども達も、もちろん大人だって頑張って適応しようと心と体は知らず知らずのうちにとても踏ん張っているはずです。
一人よりは二人、二人よりは三人。
そんな気持ちで皆で考えていければ、きっといい方向に進むと信じて、今年度も新たな気持ちで頑張ろうと思っている、芽吹きの時です。
園長 伊勢 千春
2026年03月13日
本日、76名の年長さんが巣立っていきました。
今年の年長さんは、とにかく個性豊かな子ども達でした。みんなそれぞれの色を持ち、どの色も決して同じ色がない、とてもカラフルな「宝の粒」でした。
楽しむ時はとことん全身で楽しみ、怒る時も全力、そして泣く時も、何かにチャレンジする時も、とにかく一生懸命。そんな子ども達は、まさに、打てば響く太鼓のようでした。
ですから、先生たちもいつも全力で、子ども達と心と心でぶつかっていたように思います。
子ども達にとっては、裸足で駆け回ることも、洋服の汚れを気にせず、思いっきり遊ぶことも、時間を忘れて、自然の中でとことん遊ぶことも、当たり前のこと、日常のことだったと思います。しかしこれは、保護者の皆様方の理解があったからこそ生まれた、子ども達にとっては幼児期の今しか味わえない、『子どもだけの特別な時間』だったのだろうと思います。
これからの子ども達の長い人生の中で、こんな風に過ごせる時間は二度とやってこないはずです。
そんな貴重な時間を、この幼稚園で、この子ども達と一緒に送れたことは、私たちにとってもかけがえのない宝物になりました。真剣に一人一人と向き合い、時に厳しく、時に寄り添い、ともに笑い、ともに感動した日々は子ども達だけでなく、私たちの心も豊かにしてくれました。
そして、いろいろなことにチャレンジする心のたくましさや、人を思いやる優しさなども、園生活を通してたくさんのことを学んだと思います。そんな芽がまだ出たばかりの年長さんですが、その芽がこれからもしおれることなく、少しずつでも伸びていってくれたら嬉しいです。
それぞれの色が、それぞれの場所で、どんなふうに変わっていくのか、とても楽しみです。
27校、それぞれの小学校へ進む子どもたちの未来が、明るく平和な未来でありますように、これからもずっと応援しています。
園長 伊勢 千春
2026年03月11日
今日で東日本大震災から15年が経ちました。
15年も経ったのか…と「15年」という数字だけを見るとそう感じますが、私の中ではついこの間のことのように、その日の記憶が鮮明に残っています。
震災のあった2011年。私はこの職場におり、教務主任という立場でした。地震が起こった時間はちょうど降園後で、帰宅した子もいればスクールバスに乗って帰宅途中だった子、次の便のスクールバスを待って遊んでいた子など様々でした。園内に残っていた子は全体の半分以下だったと記憶しています。
あの大きな地震がきた時、私は職員室にいました。かなりの揺れに大人でも立っていることがままならないほどの大きな揺れだったことを覚えています。当時教頭だったA先生はそんな揺れの中、必死で非常放送設備までたどりつき、子ども達に向けた緊急放送をかけていました。当時の園長もあの大きな揺れの中、教室に向かっていました。廊下の壁をつたいながら一歩一歩踏みしめるようにかなりの大股歩きで、しかし体からは一刻も早く教室の中にいる子ども達の様子を見に行かねば…という緊迫感がにじみ出ていました。そんな園長や教頭の姿を見て、私も子どもの命を守るために行動に移さねば…と思った光景を、昨日のことのように覚えています。教頭が子ども達に向けて呼びかけていた放送機器もすぐに電源が落ちてしまい、放送が届かなくなってしまったので、そのあとすぐに教室をまわったり外で遊んでいる子ども達に声をかけ皆で園庭に避難したりしました。
室内にいた子ども達は揺れに驚いて怖がって泣いている子もいましたが、外で走りまわっていたりブランコをこいでいたりした子ども達の中には、実際地震に気が付いていなかった子もいました。先生たちが真剣な怖い声で避難を呼びかけ、それで何事が起ったのかわからず泣く子もいました。
その後、小雪の舞う中、ビニールシートを敷き、子ども達の上着を取りに教室に戻り、子ども達と寒い中、シートで身を寄せ合いました。
幸い、園自体、壁が崩れたり窓ガラスが割れたりなどの被害はなく、各クラスのピアノが少し動いていたり水槽の水がこぼれていたりした程度でした。園の中で一番被害が大きかったのは、先生たちの机の上のものが散乱し、本棚の書類や様々な機器が山積みの職員室で、子ども達の保育室に被害がなかったのが何よりでした。
揺れが収まった直後くらいだったでしょうか、だいぶ早い段階で主人からも電話が入り、お互いの安否の確認はできましたが、ほかの家族の安否確認はまだできない状態でした。
子ども達を集めた後は夕方に差しかかってきたこともあり、だんだん気温も下がり寒さが厳しくなってきたので、園に戻ってきたスクールバスを園庭に入れ、エンジンをつけて暖を取りました。当時は非常食などの備蓄をしておらず、預かり保育用に買っていたおやつを子ども達に配って、おうちの人の迎えを待ちました。
おうちの人のお迎えを待つ間、少し心に余裕が生まれると、自分自身にも当時9歳の娘がおり、ふと、我が子が今どうなっているか、急に心配が募りました。その日はちょうど学校が短縮授業の早帰り日。いつもなら学校近くの児童センターに行っているはずですが、この日は早帰りの日だからと、たまたま友達の家に遊びに行くと言っていた日でした。
普段から、短縮授業は何時に終わるのか、何時頃に学校を出るのかなど、全く把握していなかったため、せめて娘がどこにいるのか所在だけでも知りたかったのですが、職務もあり、なかなか自分のことが切り出せない状況でした。気づけば、あたりも真っ暗になっていたので、保育所に子どものいるS先生と二人で、一度子どもを迎えに行かせてもらいました。今我が子はどこへいるのだろうか、学校?お友達の家?それとも自宅に帰って一人でいる?…考えれば考えるほど、気が焦り、鼓動が早まり、その時の心配による胸の高鳴りはこれまで経験したことのないものでした。
幸い、地震発生時はまだ学校にいる時間だったようで、学校の体育館に先生と一緒に避難をしていました。生徒はもう数える程度しか残っておらず、体育館のほとんどが、避難してきている方たちで埋め尽くされていました。娘の姿を見た時は、本当に胸をなでおろしたのと同時に、迎えに来るのが遅れてしまい怖かっただろうなと本当に申し訳ない気持ちとでいっぱいでした。その足で実家により、両親の安否を確認し、いったん自宅に立ち寄り、また職場に娘を連れて戻りました。
娘は私が心配していたほどの様子はなかったものの、「ママはめるへんにいるから大丈夫だと思っていたけど、先生たちが聞いていたラジオで、海に大きな津波がきているって言っていて、パパが大丈夫かすごく心配だった。」と言っていました。当時塩釜勤務だったこともあり、海の近くの職場ということは娘も知っていました。先生たちにそのことを話したようで、大丈夫かラジオを一緒に聞かせてもらっていたけれど、途中から怖くて聞けなかった…と話していました。電話で話したから大丈夫だよと伝えると、安心して、めるへんの子ども達と一緒にスクールバスで暖を取り、おせんべいを食べました。娘もそのことは今でも覚えているようです。
その年の数日後に予定していた卒園式はPTAの代表の皆さんと話し合い、延期に。そして小学校に上がった1年生の夏休みに数カ月遅れの卒園式を行いました。3月に行ういつもの卒園式で飾るたくさんのカラフルな花鉢は、夏ということもありモンステラやハイビスカスなど、夏の花たちで彩り、いつもとガラッと雰囲気の違う卒園式になりました。卒園して数カ月経ったにもかかわらず、当時の子どもたちは卒園式で歌う予定だった歌や披露する言葉などを全て覚えており、私たちを驚かせました。服装は自由。しかしほとんどの子ども達が幼稚園の制服を着てやってきました。皆、制服がピチピチで窮屈そう、そしてスカートやズボンの丈も短くなっており、子ども達の成長をとても感じた瞬間でもあり、本当に忘れられない涙の卒園式になりました。
たくさんの被害のでた東日本大震災。
当園でもこの震災を教訓にし、備蓄品の保管、物の固定、非常時のマニュアルの見直しなどを行ってきました。そして避難訓練の重要性を、子ども達にも若い先生たちにも伝えています。時代が流れ、震災を経験したことがない人も増えていきます。しかし、教育現場でできること、一人の人間としてできることをこれからも考え、伝えていきたいと思っています。
園長 伊勢 千春